雪下ろし
 信濃町では昔から降雪量のことを「一里一尺]といっていた。言葉どおり、牟礼あたりから北へ行くごとに積雪が多くなる例えだ。
 牟礼から古海は約20kmとすると、牟礼の5倍は優に積もることになる。全くそのとおりだ。降り続くと茅葺きの屋根はもっくりと面積がずっと広くなる。普通の家はあまりためないうちに下すので、多い時は年に数回〜10回近くやる。そうなると屋根を掘りだす有様なので、「雪掘り」ともいっていた。村で最も軒が高く、屋根づらが広い寺の御堂は手間がかかるばかりでなく、丈夫ということもあったのかせいぜい2回ぐらいなものだった。
 村中に布令が出て「ほら貝」を合図に集まる。庫裡の屋根伝いに御堂の最上郡へ威勢のいい若い衆が上がる。ぐし(棟木)から順に下へと落としてくる。表、裏、西へも東へもだんだん広くなってくる。高いがほとんど下は見えないので恐怖感はほとんどなかった。ひとすくいずつ「木すき」で落とすより2mほど下から掘って、大きな塊でどさんどさん転げ落とすのが能率的だ。
 最下部へきたころは、落ちても苦にならないほど雪に埋もれている。遠くからは屋根だけの建物みたいに見える。共同作業をとおし寺のためならと、ボランティアに真剣に取り組んでいた。こんなに大切にした御堂も昭和19年に焼け落ちてしまった(昭和42年、近代的な御堂が再建された)。
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