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恋しの湯
信濃教育会出版部
戸倉上山田温泉観光ガイドブックより
作・浅川かよ子さし
絵・観光ガイドブック
採集地・上山田温泉

 今から二五〇年ほど昔、元禄の頃、信州千曲川のほとりの百姓家にお政という可愛い娘がおりました。お政のその天性の美は、千曲小町と呼ばれるほど、村では評判のものでした。
 お政が十七才になったある夏の日のことでした。家の近くで米吉という若い男が腹痛のため苦しんでいました。お政は、顔の色も蒼白な若者をわが家に入れ、心を込めて介抱しました。心優しい看護が実ったのでしょうか、若者はたちまち元気をとりもどしました。元気になった米吉は、手厚く介抱をしてくれたお政に深く、深く礼をいいました。その青年の立派な態度にお政はひかれ、人知れず米吉を心に描くようになりました。米吉もまた、お政の優しさに心を奪われ、思う日々が続いたのです。
 米吉はその年の秋、十日ほど江戸へ稼ぎに出なければなりませんでした。しかし米吉は、十日たってもひとつき過ぎても帰っては来ませんでした。村人は、「江戸じやあ奉公人も白いめしが食えるってんで、江戸の方がよくなっただねえか。」「ひょっとしたら、お政より好きな娘ができただねえか。」と噂します。でもお政は、だれがなんといおうと、帰ってくると信じていました。そして、小さいころから信心していた観音さま(十一面観音)に米吉の無事をおねがいしました。
 満願の朝方、「お政、お政」と呼ぶ声に気づくと、そこには気高い一人の老人が立っており、「お政、米吉は無事じゃ、路に迷っているだけじゃ。」とおっしゃいました。お政は思わず声をあげ「だいじょうぶなのでしょうか、お気の毒な。」するとその老人が「お政、おまえは『信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ』という歌を知っておるか、愛するあなたが踏んだ石なら玉と思ってひろいあげようというのじゃが。もしおまえがこのほとりで米吉の踏んだ赤い石を百個拾いあげたのなら米吉は必ず帰ってくる。百個拾いあげるのじゃ。」とお告げになりました。
 ここでお政は「ハツ」と眼をさましました。夢のお告げだったのです。それからというもの、来る日も来る日もお政は足を俸のようにして、赤い石をさがしました。九十九個探し出したのですがあと一つ見つかりません。子供たちは、「ヤーイ、ヤーイ、お政、米吉米吉いつ会える、赤石や、赤石やどこだ、お政泣き泣き日が暮れる」とはやしたてたりしました。お政はそんなとき、千曲川の美しい流れに米吉の面影を映し、じっとがまんしました。
 月日は流れお政は十九の冬をむかえました。いつものように河原へ出かけるとあの老人が立っているではありませんか。「観音さまぁ」とお政が声をもらすと、老人は大きな岩のかげを指さし消えてしまいました。いそいでそこへかけていくと、そこからは温かい湯が流れだしているではありませんか。お政は凍る手を入れて見ると、たちまち温かくなりました。そして図らずも輝くような赤い小石を見つけたのです。そしてその日、米吉は江戸から無事に帰ってきたのでした。
 観音さまのお告げから発見された千曲川の温泉に村人は「小石の湯」と名付けました。お政が恋しい人のために小石を探して発見したので、「恋しの湯」であるとして、その名は多くの人々に知れ渡ったということです。

長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところより
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