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笄の渡し
信濃教育会出版部
戸倉上山田温泉観光ガイドブックより
作・浅川かよ子
さし絵・観光ガイドブック
採集地・力石
 葛尾城主・村上義清は清和源氏より出で、代々村上郷を拠点とし、上信一帯に勢を張っていた豪族です。しかし、戦国の世、天文二十二年の四月、甲州の武田勢とよく戦いながらも、とうとうその居城を落城寸前まで攻められたのです。これはそのときのお話です。
 義清の奥方は、村上氏の一族である山田氏の守る荒砥城へ移り行こうとしていました。敵の目を逃れながら侍女の先頭に立ち、焚松だけをたよりに山伝いに城をぬけ、くらい山道を下りていきました。白々と夜が明けるころやっとの思いで一行は渡しまでたどり着いたのでした。奥がたさまぁ、おらぁ命にかえても向こうの岸までお渡しますで」と渡し舟の船頭は言い、何度も何度も川を行き帰りしたのです。無事一行を渡し終えた船頭に、「なにも持ちあわせのない我々をひとりもあまさず渡してくれたこと、誠にかたじけなく思います。もし再びこの地を領することになれば、ちかって恩賞をつがわしましょう。今は渡賃のかわりとして、この笄を受けてくださいませ。」と奥方は髪にさされた美しい金の笄を船頭に手わたそうとしました。
 「もったいねえだ。おらあ船賃ほしさにやったんじやねえ、だいじな笄は受けられねえ。」船頭はがんこにことわりました。
 「それでは、わらかの気がすみませぬ。」
 奥方は笄を船頭の手ににぎらせ、荒砥城までの道のりを急ぎました。
 「もったいねえだ、もったいねえだ。」と船頭は涙を浮かべ、一行が見えなくなっても、あとを見守っていたそうです。
 のちに、船頭の心やさしさ、奥方の情け深さがつたえられ、この渡しを「笄の渡し」と言うようになりました。
長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところより