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鬼と正則とその軌跡

 鬼にまつわる伝説、昔話は方々にある。「桃太郎の鬼退治」は、その代表のようなものだが、この話に登場する赤鬼、青鬼は、裸体で頭には牛の角を生やし、耳まで裂けた目には鋭い二本の牙をのぞかせており、トラの皮のパンツをつけ、手にはトゲトゲの重そうな鉄棒という異様でしかもどこかユーモラスなスタイルをしている。変幻自在で、その怪力で人々に恐れられるこの鬼たちも、テレビや漫画の怪獣ブームに慣れきった現代ッ子にかかっては、それほど問題にされなくなった。節分の豆まきも室内遊戯のようになり、日本人の心から祖先が伝えてきた鬼の本当の姿が消えてしまい、「債鬼」「鬼婆」など、いやな言葉だけが残るような気がしてならない。ところで鬼がまだ恐ろしいものと人々に語られていたころ、この鬼が現われた話が小布施にもある。それは福島正則公にまつわる話である。
 寛永元年(一六二四年)七月十三日、正則は配所の高井野の館で六十四歳の波乱にとんだ生涯を閉じた。近くの僧侶によって葬儀が行われようとしたとき、一天にわかにかき曇り、雷鳴がとどろき、暴風雨となった。人々が不気味な気配を感じて空を見上げると、墨を流したような暗雲
の中から鬼が現れ、正則の遺骨をつかんで北へ飛び去った。〝めれよ、あれよ・・・〟と騒ぐ参列者たちに、やがて雁田の岩松院から〝鬼が遺骨を境内に落として消えた〃という知らせが届いた。岩松院の住職がこれを拾って手厚く埋葬し、その後五輪塔を建立し、上屋を造って廟所とし、ねんごろに供養したという。正則の死因は病死となっているが、謎めいた自殺説などが今なお消えない。
 流人同様の正則の死は正常の埋葬を許されないことを、家臣たちは察知していたに違いない。そのうえ憤死した主人正則を幕府の検死役人にさらすことが忍びなかったろう。厳しい幕府のとがめを承知のうえで、検死が済まないうちに火葬してしまったのだ。岩松院に廟所を建立して供養するには、遺骨をさらった鬼が深くかかわっているのだ。

長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 
長野地域民話集昔々あるところより
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町報おぶせより
作・上村 淳作
さし絵・宇敷 康平
採集地・小布施町