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猫寺のお話

 次の朝、三毛の顔を見ると、和尚さんはおかしくなリ頭を撫でながら「昨夜はご苦労だった。さぞ眠いだろうな。」といいました。すると三毛はよっぽど驚いたのでしょう。ぴょんととびあがって庭へとび出し、それっきりとうとう帰ってきませんでした。
 和尚さんは、猫は猫なりに仏さまにお仕えしていたものを、かわいそうなことをしたと、毎日帰りを待っていましたが、三毛は姿をあらわしませんでした。
 和尚さんも三毛のことを忘れるともなく三年が過ぎましたが、ある日のことです。見たこともない立派なお侍さまが法蔵寺を訪ねてきました。お侍は和尚さんを見ると、ていねいにおじぎをしました。
 「和尚さま、おなつかしゅうございます」
 「はて、わしも年をとったせいか、もの覚えが悪くなりました。あなたはどこのお方でー」

長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところより
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 三毛はお寺から少しはなれたお堂に入っていきます。不思議に思った和尚さんがそっとお堂の中をのぞいて、眼をまんまるくしました。何十匹という猫がお堂の中に、月の光に照されてきちんと坐っているのでした。そこへ三毛が入っていきました。
 そして、和尚さんが毎朝すると同じ調子で上座に直ると、おつとめが始まりました。
 猫のお経は、「ニャオン、ニャオン、アーウニャウエーウ」というように聞こえましたが、笑う者はおりません。チーンと鉦まで叩いて一生懸命でした。
 これには和尚さんもびっくりしました。
 「門前の小僧習わぬ経をよむ、というが驚いたものじゃ、猫が経をよみおるわい」

 ところが出棺というときになると黒雲が湧き、大荒れに荒れる。外の寺に頼んでも同じで、一同ほとほと困り果てていたところへ、若い旅の坊さんが立ち寄り、古山の法蔵寺に頼めば必ず無事葬式ができると申されました。
 「そこでさっそくこちらにお願いに上がりました」と、こう言うのです。和尚さんは、「ははあ、三毛のしたことだな」と心にうなづきましたが、何しろ仏さまのことです。
 さっそくはるばる安曇へ駆けつけ、無事に葬式をすませました。時に正保四年(一六四七)初秋なり。
 この仏縁により、下條家は法蔵寺の檀家となって「描檀家」といわれるようになり、法蔵寺は「猫寺」と呼ばれるようになりました。以来、猫の供養にと、三毛が肩にかけた袈裟を寺宝として代々伝えながら、信州の猫寺として今日に至っています。

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 昔、法蔵寺には住職三代に飼われたという、大きな三毛猫がすんでおりました。
 ある朝のこと、和尚さんが起きてみますと、いつもとお袈裟の掛け方が違っています。不思議に思い手にとってみると、しっとりと湿っています。おかしなこともあるものだ、と部屋を見回すと、すみにうずくまっていた三毛がじっとこちらをうかがっているのに気づきました。
 目があうと、三毛は急いで横を向き、目をつぶってしらん顔をします。和尚さんは、首をかしげましたが、そのままおつとめに出ました。
 ところが、次の朝も、その次の朝もそういうことが続いたのです。
 三日目の夜になると和尚さんは寝たふりをして、様子を伺っていました。三毛は、いつもの通りふとんの裾に丸くなって寝ていましたが、和尚さんがスヤスヤ寝息をたてはじめるとむっくり起き上がり、和尚さんの顔を眺めておりました。
 すると、ひらりとお袈裟かけに飛びつきお袈裟を外すと、肩にかけて部屋から出ていってしまいました。和尚さんはびっくり。「三毛め、お袈裟をどうする気なのだろう」
 和尚さんはこっそり起きると、気づかれないように三毛の後をつけていきました。

 「私は三年前までこのお寺でかわいがっていただいた三毛でごさいます。」
 和尚さんはびっくりしてまじまじとお待の顔をながめました。すると、猫のお待がまた申しました。「あの時はだまって尊いお袈裟を拝借したことが知れた申し訳なさに、あとさきの考えもなく逃げだしてしまいました。どうかお許しください。そのおわびを一言申し上げたいばかりに参上いたしました。長い間かわいがっていただいたお礼に安曇郡千見の下條家を檀家にしてさし上げます。どうかお待ちください」猫のお侍はこう言って両手をついておじぎすると、ふっと姿を消してしまいました。
 「三毛、三毛やツ」
 和尚さんは、あわてて窓をおしあけ、庭をのぞいて見ましたが、三毛の姿もお侍の姿もありません。それから何日かたったある日のこと、安曇郡の千見の下條家の使いという人が息せききってかけつけ、「実は、二代の主、七兵衛信春という者が他界いたしまして、菩提寺の坊さまを頼んで葬式をすることにしたのです。
信州の猫寺より 
作・法蔵寺さし 
絵・法蔵寺 
採集地・古山東