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神様とごま

 「もうあなたは一人前の神として、りっばにはたらいていくときがきたようです。これからは、高井野の牧村にある〝子安神社〃で子さづけ、安産の神として村人とともに生きていくのですよ。」
 こうして、いよいよ姫が一人立ちする日がきたのじや。
 「さてとつぜん牧村ときいても、いったいどちらの方角やら、村人はどんなくらしをしているのやら。」
 いっこくも早くしろうと、はるかかなたを見下ろして見た。
 「どうやらあそこが牧村らしい。だれもみな気立ての良い人々のようなのに、けんかばかりしている二人も見える。あれをまずなんとかしなければ。」
 いさんで牧村についた神様は、さっそく二人を呼んだ。
 「いつもそう腹をたててばかりいるのでは、さぞつまらない毎日でしょうねえ。もう少しにこやかにはたらいたら、作物もよろこんでもっと大きくそだちますよ。」「なるほど、そういえばここ何年もずっと不作つづきじゃなあ。」
 二人は神様の話をしんみょうにきいておったが、家につくころにはもうすっかりわすれ、そっぽをむくというしまつじやった。
 「あきれた二人だこと。」
 困った神様は、よくよく考えたあげくに、こんどは村人を残らず集めることにした。

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 とんと昔のこと。
 国一番とひょうばんのたかい富士のお山があるじやろう。
 このお山を守る女神様にゃあたいそうきれいな「木花開耶姫」ちゅう、ひとりの娘がおったそうな。
 神様の修業をたんとつんで大きゅうなった姫はある日女神様から、だいじないいつけをきいた。

 なにごとかとおどろく村人を前に、ブツブツ何やらとなえると、ゆっくりと大きく息をすいこみ、そっとふきかけたんじや。
 そして、ふところから一本の笛を取り出すとな。
 「ピッピッ、ヒャラリラ、ヒャラリラ、ピッ。」
 かろやかな音色に合わせて、みようなしぐさでどり始めた。
 「いったい どうされたんじやろうか。」
 ふしぎに思う村人じやったが、何とも楽しげな神様のおどりをながめているうちに、だんだんゆかいな気分になってきたと。
 「こりやあ、おもしろい、見ているだけにやあつまらん、いっしょにおどってみたくなってきた。」
 おどりの中に一人二人と入り、ついにだれも見ているものもなくなり、輪になっておどりだすのじやった。

 やがて、にぎやかなひとときがすぎた。 おどりつかれ、ふとまわりを見回すと村人はみなまんぞくげな顔をしとるのじやった。
 それから何日かがすぎた。
 「そう言えば、ちかごろけんかばかりしておった二人のすがたをとんと見かけんようになったのう。」
 ひょっとしたら、いつか神様が村人にそっとふきかけた風のせいかもしれん。
 そしてな、秋の頃となった。

 「どちらを見ても、みなのはたらきがじゅうぶんに実らせたようですよ。今年はほうさくでしょうね。」
 神様は、村中の田畑をていねいに見まわっておった。
 「もう日もくれてきました。これくらいでおしまいにしてかえりましょう。それにしても、今日はまた何てみごとな夕焼けでしょう。」
 すっかり、西の空に見とれながら歩いておった神様は、足元にのびる十六ささぎのつるに気づかなんだ。
 そして何と、そのつるにひっかりころんてしもうた。
 そのうえうんの悪いことに、切り立つごまのかぶつに目をついてしもうたのじゃ。
 「た、たいへんなことになった。神様どうかしっかりしてくだされや。」
 あわてて神様をだきおこし、おろおろしながらも、ひっしで手あてをした。
 じゃが、とうとうそのかいもなく、神様の片目は見えんようになってしもうたのじゃ。
 「神様はいったいどうしておられるのやら、あれいらい、ちっともすがたを見せんのう。」
 「むりもねえことじゃ。まだあんなに若くて、きれいな神様なんじゃから。」
 「それにしても、よりにもよっておれたちがせいこんこめて作ったごまのかぶつで目をつくとはなあ。さぞかし、腹をたてていられることじゃろうなあ。」
 「何とか、少しでも神様のきもちをいやす手だてはねえもんかのう。」 神様を心から思いやる村人はみな、それはしんけんに顔をよせあい考えるのじゃった。
 「ごまは、おれたちにとっちゃだいじなもんじゃがどうがい、いっそのことこんりんざい作らねえということにしたら。」
 「何もそこまでせんでも。」
 「じゃがなあ、神様がだいじな片目をなくしたことにくらべたら、ごまにはかえられんぞ、そう思わんか?」
 こうして、長い話しあいがつづいたあと、この土地では、ごまを作らないことがもっとも良い方法として決まったのじゃ。
 このときの決めごとは、それからずっと守られておってな。
 今だに牧村で、ごま畑を見ることはない。
 神様はこうした村人のきもちをどう思ったことやら、それはわからんことじゃがのう。
 ときがすぎ、いつしか子さづけ安産にごりやくがあるという女神様のうわさは、はるか遠くまで知れわたり、子安神社をおとずれる人々は多いということじゃ。
 今日も神様は、大いそがしのようじゃ。

原話者・黒岩 博
再話者・落合輝子
さし絵・須加尾恵一
採集地・牧

長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところよ